昭和天皇 (岩波新書 新赤版 1111)

昭和天皇 (岩波新書 新赤版 1111)原 武史昭和天皇と貞明皇太后
 岩波新書から出版されたこの本は、昭和天皇の祭祀に対する並々ならぬ熱意と、そのことに関し、昭和天皇の母である貞明皇太后の影響の大きかったことに、焦点をあてています。

 主に、祭祀を重んじることについては貞明皇太后の影響が戦後にいたるまで非常に大きかった、というのが原武史氏の視点ですが、例えば、昭和45年の6月、貞明皇太后の御所だった大宮御所が飛び火で全焼したことに大きな衝撃を受けたのが、昭和天皇の和平への方向転換の一因だった、とするのもその分析の一例です。

 昭和天皇の母である、貞明皇太后(大正皇后)という女性の役割に注目したことが新しいのではないでしょうか。

 英語圏では、既に、貞明皇太后へのキリスト教の影響、賢明な女性だったということも紹介されてはいます。しかし、この本の著者は、逆に、貞明皇太后に“祭祀を疎かにした大正天皇”への反動がみられ、そんなふうに“頑迷な”彼女の発言力に懸念する者さえあったことに強い関心が寄せられています。

 貞明皇太后の存在が皇室にとって大きなものだったことは、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社、2007年)でも言及されているそうです。

  ただし、勿論ですが、著者の昭和天皇観と共に、こうしたことが貞明皇太后に対する公正な見方なのかどうかは、確かにこの本だけでは判断しかねますので、そこは注意した方がよいでしょう。

 そうは言っても、天皇と祭祀、昭和天皇の神道観、また、神道と生物学者としての立場との折り合い、などに興味のある方にも参考になる議論でしょう。

 二・二六事件、靖国神社についての言及もあります。史料に基づいた興味深い逸話もたくさん紹介されていて、陸軍武官の中には「この非常時に生物学研究なんかけしからん」と申し入れた者もあったことなど、他の側面から天皇制に関心を持たれる方にも示唆するものは多いのではないかと思います。

母である貞明皇后は琉球の聞得大君みたいに祭祀にのめり込んで…
 食糧自給率の問題から、衰退する一方だった日本の農業には今後、見直しが入ると思います。その時、新嘗祭を頂点とする宮中祭祀にも注目が集まっていくんじゃないのかと思っていただけに、タイムリーな感じ。

 面白かったのは皇太子時代などに地方巡幸を熱心に行っていた昭和天皇にはアナキストなどからもよく直訴状が差し出されたというあたり。溥儀が貞明皇太后を西太后に重ね合わせていた、というのも面白かったかな。

 また、秩父宮は陸軍士官学校時代、北一輝に私淑する西田税と同期で、東京の第一師団時代には2.26事件を起こした一人の安藤輝三と親しくなっていったそうで、2.26事件の前には昭和天皇に代わって即位するという噂がたったそうです(p.98)。このため昭和天皇は秩父宮を青森県弘前に流離させますが、2.26事件が起こると秩父宮は27日夕刻には東京に戻ってきたそうです。昭和天皇は2.26事件で、その人生で唯一といっていいほどの人間的な怒りを見せますが、こうしたことも背景にはあったのかもしれません。

刺激的だがあくまで仮説
宮中祭祀を軸に、天皇家、特に天皇と皇太后の複雑な関係を丹念に調べ、政治・軍事的指導者とは別の「先祖に祈る天皇」像を新たに示すことで、昭和天皇と昭和期の宮中の一つの空気を描き出すことに成功している。ただ、「?ではないか」「?かもしれない」といった文章が多いことからわかるように、本書が仮説に仮説を重ねた挑発的な昭和史解釈であることは紛れもない。

本書で昭和天皇が祈り続けていたことが明らかになったものの、何を祈っていたのかは明らかではないことのほうが多い。だが本書は天皇は三種の神器を死守することに固執し、「国民の生命を救うことは二の次であった」と序章から断定する。ほぼ同じ文章が第四章でも登場し、文中たびたび国民への責任意識の低さを非難する。

祈りか国民生命かという二者択一で祭祀を検証すること自体が、著者の昭和天皇理解のフレームワークを示している。三種の神器を守ることと国民を守ることは同一だという解釈の可能性を排除し、神に祈る暇があるなら和平のための政治的リーダーシップを発揮すべきだという著者の昭和天皇観は、実に戦後的と言える。

万世一系の天皇家と祖神への祈りと、平和と国民生命が、昭和天皇の中では区別なく同居していたと考えるほうが個人的には自然に思えるが、著者は国民生命を二の次にして祈った、戦後も国民への謝罪をしなかったと繰り返し論じる。先祖に祈る天皇を「神がかり」として戦後から断罪することは容易であるが、戦後の巡幸で昭和天皇を熱狂的に歓迎した日本中の国民は愚かだったのか。今も天皇、美智子皇后は戦没者に祈り続けて、その姿を国民は尊く眺めている。その戦前戦後を貫く国民性の由来を著者は各種の天皇の時間支配にしか求めていない。大正天皇の定説を覆した著者であっても、昭和天皇については感情的にならざるを得ない、それほど昭和天皇が研究対象として困難な存在であることがよく理解できる。

昭和天皇 (岩波新書 新赤版 1111)

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